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熊本地震を体験して…自然災害に必要な備えは!

time 2019/02/12

2019年1月。熊本県和水町で震度5以上の地震が2度発生しています(1月3日震度6弱、1月25日震度5弱)。2016年4月に発生した熊本地震から3年を迎えようとしていますが、当時の恐怖が蘇った人も多かったのでは無いでしょうか。改めて当時を振り返り、防災について記しておきたいと思います。

余震

余震発生時の夜

2016年4月14日21時26分熊本市。熊本に育って初めての大地震。阿蘇山という活火山をもつ熊本は、決して地震と無縁ではありませんでした。しかし、身の危険を感じるレベルの地震は記憶にありません。恐らく、台風による被害を超える災害は、誰も予想していなかったでしょう。

突然の大地震でした。椅子に座り読書をしていた私は、その瞬間中腰になって目の前の壁にへばりつきました。何かに掴まらないと立っていられないほどの揺れに耐えるので精一杯。このとき家族は風呂で波にさらわれいました。風呂のお湯が天井に達したというのですから、その揺れの大きさが尋常では無いことがわかるのでは無いでしょうか。

とにかく、風呂から飛び出した家族の着替えを待って、避難をすることに。想像を絶する揺れの後の興奮状態ではありましたが、停電しなかったことが幾分か不安を和らげていたと思います。隣のコンビニの駐車場に避難し(何故か周囲の方達もコンビニに集まっていました)、それなりの余震にビビりながらも、どのタイミングで部屋に戻ろうかと考えていました。まだ少しは、余裕があったのかもしれません。

普通は大きな地震の後に、その震度以下の余震を繰り返し、徐々に沈静化するもの…誰しもそう思い、心を落ち着けていったと思います。そして、各々家に戻っていったのです。周囲は、警察や消防のサイレンが鳴り響いていましたが、倒れるものが無いリビングの中央に布団を敷いて寝ることに。眠れはしないものの、布団に横たわるだけで幾分か落ち着きます。命があったことに感謝するとともに、不謹慎ではありますが貴重な体験をしたなぁという気持ちもありました。まさか、この後、本震に襲われるとは、夢にもおもわず。

余震翌朝

夜が明けて、被害状況のニュースで益城町の惨状が伝わってきました。我が家は、書棚の本が全部床に散らばった以外は、ずれた家財を元にズラす程度。揺れた割には、最小限の被害だったと思います。

その日は専門学校の講師の仕事でしたが、休講の連絡もないのでとりあえず早めに出て、徒歩で学校へ出向きました。案の定交通規制。学校までは、熊本城の周囲の道を通るので、ニュースでもよく見た崩れた石垣を間近で見ました。

余談ですが、そこで偶然テレビ局に務める同級生に遭遇。続々と他県から応援が集まり、局員総出で取材に当たっているらしく、その同級生も昨日から寝ていないといっていました。報道のあり方に色々避難がありましたが、「今、この時を記録しなければ!」という使命感を持って働く人たちがいたことも忘れてはいけないと思います。

専門学校は、やはり休講でした。職員室は、書類が散乱し、ありえない場所にキャビネットやコピー機が移動していたりと大変な状態。とりあえず、お見舞いの挨拶をして、後日、補講を計画することにして帰りました。

その日は、部屋の復旧作業。ずれたタンスや棚などの家財を直したり、本を書棚に直したり。みんな、部屋の中の復旧、職場の復旧に勤しんだ1日だったと思います。

本震

発生時の夜

2016年4月16日1時25分。日付は2日経ってますが、時間では約28時間後。連夜の大地震でした。しかも昨日の揺れよりも明らかに大きな激震。その瞬間、死を意識するほどでした。そして今回はすぐに停電。正直なところ、ここから外に避難するまでの記憶は曖昧です。

家族の無事を確認し、今度ばかりは速攻で避難しました。マンションの6階。エレベーターは怖くて使えません。(動いていたのかも確かめていません。)即、階段を使って脱出。階段も途中でなくなっているのではないかと感じながら、命からがら逃げたという印象です。

しかも、今回は余震の規模と頻度が尋常じゃなく、とにかく全ての人が外に避難していたと思います。路上に座り込む人、抱き合い支え合う人、パトカー、救急車、消防車、マンションの警報装置、そして携帯の緊急地震警報。世の中の全てのサイレンや警報が鳴り響いて恐怖を掻き立てる地獄のような雰囲気でした。

マンションが倒壊するのでは?という恐怖で、今回はコンビニからも避難し、地域の避難場所である小学校へ走りました。その途中でも大きな余震で、渡ろうとする前方の橋が揺れながらたわむ様子は、まるで映画の世界。それまで生きてきた中で最大の恐怖でした。

避難した小学校はすぐに、人と車で溢れました。余震の段階で用意されていたのか?すでに運動場に敷物が敷かれおり、その上に家族で座って一息つきました。余震のたびに軋む建物の音で、目の前の校舎、右方向の体育館さえも怖くて近づけませんでした。



避難所生活

今回の地震を通して思うことは、何気ない日常のありがたさです。非常時においては、いろんなところで我慢が強いられます。備えておけば便利だなぁと思われた気づきなどを記します。

食事

何はさておき、食事は欠かせません。とはいえ、避難所で自分だけ火を起こし、調理をするのは憚られます。人目につかずにさりげなく食事できることが望ましいです。最近は、火どころか水も使わないレトルト食品などが存在します。まさに災害時にぴったりというか災害時用の食料です。防災グッズに備えておきたい商品です。子供だけでも食事に不自由させたくないですから。

さらに避難用の食事に加えて、家庭内での食料備蓄が大切かもしれません。自分だけいい思いをしようという意味ではなく、できるだけ周りに負担をかけない備えとしてです。電気やガスの復旧までの時間もあります。防災グッズとは別に、食料だけは十分な備えをしておきたいものです。

寝床

避難所で一番辛いのが、寝床です。熊本地震は4月でまだまだ寒さが残る時期だったので、寒さ対策が大変でした。毛布の支給はありましたが、全員には行き渡らず、弱者優先で譲り合う状態。そして、横になるスペースはありません。小さなん子供ならともかく大人が横になるのは憚られます。

長期戦が覚悟されて、それなりのスペースを分け合うことになってから横になれるので、座って暖をとる備えと、長期戦になった時の寝床の備えがあることが望まれます。

避難時には着の身着のままになる可能性があるので、避難グッズには寒さ対策を忘れないようにしたいですね。

トイレ

こればかりは、避難所の状況に左右されます。皆で協力して、綺麗に使うしかありません。ただ、避難所付近で、自分だけの人目につかないスペースが取れるならば、トイレグッズの備えも有効です。そして、自宅でも復旧まで水が流せない場合や車中泊の対応として活かせるかもしれません。

風呂

流石に避難所では無理ですね。自宅でもガスを使う家は、ガス復旧まで使えません。熊本地震では3週間ほどかかりました。その間、どうしたかというと、銭湯の無料開放を利用しました。本当に有り難かった。地域に支えられていることを実感しました。ただし、そこはやはり助け合い。3時間待ちの行列などは我慢しなければなりません。

それができないなら、ボディー用のペーパータオルなど備えておくのもありかもしれません。でも、湯船に浸かる幸福感には敵わないと思います。特に災害時には。

通信

現代人には、すごく大切なことではないでしょうか。少なからず心配している人がいます。無事を知らせたり、状況を伝えたりするのに電話やSNSは欠かせません。そのためのツールの電池切れは避けたいもの。避難所のコンセントで充電できる数には限りがあります。できれば、自前で充電できるように備えたいものです。



ライフライン

水道

料金未納でもギリギリまで止められないのが水道。生きるために欠かせないライフラインです。熊本地震では、44万世帯断水しましたが、2週間でほぼ復旧しました。水の豊かな熊本でも2週間です。それ以上、要する可能性は十分あります。行政でも飲料水の備蓄は行われていますが、家庭内でも備えておきたいものです。

電気

熊本地震では、47万世帯が停電し、5日後には復旧されました。自家発電の備えでもない限り待つしかありません。スマホや携帯程度を充電できる、手動式発電機やソーラー発電機は備えたいですね。

ガス

私の地域は遅かったのかなぁ。復旧まで3週間ほどかかりました。風呂は無理でも、簡単な調理程度はできたら有難いです。卓上ガスコンロ用のガスボンベなどは備えておいていいのではないでしょうか?避難グッズに入れておいても、人の目があって使えません。あくまで家庭用の備えとして。



まとめ

非常時に一番大切なのは、助け合うことです。私自身、地域の人にたくさん助けられたと思います。炊き出しや無料の銭湯。本当に有り難かったです。

思うのは、助ける力は限られること。熊本地震でも多くのボランティアの方に助けられました。働かなくては食べていけない自営の私は、何もできませんでした。恥ずかしい限りですが、せめて、自分のことは自分で対処し、支援の力は必要とする被災者へ届いて欲しい。

それが人の助けになるのなら、自分の備えはしておこうと思い、いつでも持ち出せるよう玄関先に防災グッズをおいています。一年に一回は中身の入れ替えをするので、そろそろ確認しなくては。

しかし、できればこれを使う日が来ないことを願うばかりです。



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